書道の美術館
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青山楓谷(昭和7年9月12日〜43年8月1日) 晴嵐の次男で、書の後継者であったが、昭和43年37歳で早世した 略年譜(工事中) 昭和7年9月12日(1歳) 東京府荏原郡荏原町小山(現在品川区小山)に生まれる(本名 大池 潤) 昭和15年(9歳) 青山ため(青山杉雨の実母)の家督相続(青山姓となる) 昭和20年(14歳) 戦災のため古知野町(江南市)へ 昭和26年(20歳) 滝高等学校農業科卒業 昭和28年(22歳) 愛知学芸大学(現愛知教育大学)前期数学科修了 昭和28年〜43年 小中学校教員勤務 日展入選2回(昭和31年、33年) 昭和35年3月21日(29歳) 長男 青山茂樹(大池青岑)生まれる 昭和43年8月1日(37歳) 胃癌のため死去(満35歳 法名:孝徳院釈潤涼) 死去にあたり大池姓に復姓 日本書道会展推薦2回 日展入選作品 昭和31年(1956年)第12回日展 無礙(額) 昭和33年(1958年)第1回日展 白詩感情(屏風) 楓谷遺墨集(昭和45年7月発刊) 親の七光り返上(名鑑 昭和41年 名古屋タイムズ社刊) 晴嵐巻頭言 「神の試練」(『中道』昭和43年9月号) 公益財団法人 晴 嵐 館 |