一昨年の暮、奈良の製墨業者が私の所に訪れた。旧知の間柄だから、お互いに遠慮はない。 「先生、旅先で珍しい大木の切ったのを見付けましてナ、写真に撮りました。」と私に示した。上の写真がそれである。
年輪! 大木となる年輪。それは書を学ぶ者にも通じる。
「どうじゃな明治百年を記念して、この年輪の模様を入れ日本一の墨を造る気はないか。」と云つたら、「これから型を製って油煙の最上だけを払ったりして造りますから……一年以上かかります。型入れして半年から十ヶ月して始めて製品になりますしなナ」と言う。「なるほどナ」と私も合点した。
今年の一月型入れしたそうだ。日本一の墨が十月にはできると言う報告があった。待ち遠しいが楽しいものでもある。
依頼されて二年以上私の書もかかる時がある。生み出す苦しみ、この年輪は貴重なもので、寝るではなく、練った年輪であるからである。
(『書芸中道』昭和45年8月号 『巻頭言集』P126) |