山野に自生する菜は人の潅漑を受けないので、その香りが高く、その味も亦冽である。 薇(わらび)は余の最も好む山菜で、信州へ旅行すると四季に関係なく食膳に上せて貰っている。
昔中国殷の伯夷叔斉(はくいしゅくせい)の兄弟は、周の武王が天下を平定した時、周の粟を食わずとして、首陽山に隠れ、薇を采って食い栄養失調で死んだ。その清廉は采薇の歌として後人が称えている。余はこの伯夷叔斉の廉に対して是非を論じるものではない。ただ薇が好きである。采薇は隠者の生活のことであることに興味を持ったまでである。(采は採と同じ)
(『中道』昭和40年10月号、『巻頭言集』P11) |